
せんべろの聖地、赤羽の名を冠した戦車
第2次世界大戦において、連合国側で大量に使用されたアメリカ製のM4「シャーマン」戦車ですが、各種タイプのなかに「アカバネスペシャル」と呼ばれたものがあります。「アカバネ」とは漢字に直すと「赤羽」、東京都北区の地名である「赤羽」のことです。
【写真】「赤羽スペシャル」誕生の契機となったソ連のT-34-85
なぜアメリカ製の戦車に日本の地名がついているのかというと、そこには第2次世界大戦終結と、そのあとに起きた朝鮮戦争が深く関わっていました。
M4「シャーマン」戦車は、第2次世界大戦の勃発で大量の戦車が必要になったアメリカが、既存のM3中戦車を流用してわずか1年ほどで開発した、急造の戦時量産戦車です。
急造とはいえM4「シャーマン」戦車は性能のバランスが良く、整備性や稼働率に優れていました。特筆すべきは生産数で、既存の戦車工場だけでなく自動車工場や機関車工場など10か所で、溶接車体と鋳造車体、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンなど様々なタイプが並行して量産された結果、わずか3年3か月ほどのあいだに約5万両も作られました。
大量生産されたM4「シャーマン」戦車は、太平洋戦線とヨーロッパ戦線の両方で使われたほか、イギリスやソ連にも大量に供与され、連合軍の勝利に貢献しました。そして大戦後は、進駐軍のいち装備として日本にやってきたのです。
アメリカ生まれ東京育ち、ライバルはソ連戦車
1950(昭和25)年6月25日、突如、北朝鮮が韓国に向けて侵攻を開始、朝鮮戦争が始まります。アメリカは自陣営の韓国救援を計画、最も近くにいる部隊として、日本の駐留アメリカ軍を朝鮮半島に派遣することにしました。
アメリカは当初、北朝鮮の戦力を過小評価していたため、戦車については輸送しやすい小型のM24「チャフィー」軽戦車を朝鮮半島に投入します。しかし、北朝鮮が装備するソ連製のT-34-85戦車に太刀打ちできなかったため、M4「シャーマン」戦車が送られることになり、また一部の車体については火力向上のために、急きょ東京都北区赤羽にあるアメリカ軍の「東京オードナンスデポ」で改良が加えられることになりました。
赤羽周辺は、太平洋戦争終結まで旧日本陸軍の造兵廠(兵器工場)が多数あり、終戦で連合国軍に占領されると、それらはアメリカ軍キャンプに転用され、いくつかは造兵廠の機械設備を流用して連合国軍である進駐アメリカ軍の兵器整備工場として用いられました。
この整備場が前出の「東京オードナンスデポ」です。朝鮮戦争期、最前線から後送されてくる戦車をはじめとした各種兵器の修理や整備などが行われ、前述したM4戦車の改良もここで実施したため「赤羽」という地名が愛称になったのです。
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